ーCUO所信表明ー

この度、瀬戸内うどんカンパニーCUOに就任した北川智博氏の独占インタビューです。
-今回どのようなきっかけで瀬戸内うどんカンパニーのCUOにご応募されたのですか?
 
僕は今、株式会社MISO SOUPという会社で地域の一次生産者さんと産品ブランドを開発したり、webを中心としたマーケティングや販路開拓を行っています。
MISO SOUPの得意分野であるデジタルマーケティング。一方で、瀬戸内うどんカンパニーには、小売店などのリアルチャネルを含めた具体的な販路開拓が求められている。実は、このリアルチャネルの販路開拓というのは次にMISO SOUPで手がけていきたいことでもありました。
地域の優れた産品をwebやリアルチャネルに対して販路を築き、もっと地域を価値を伝えていきたいと考えていた時、CUOの募集を見て、「これだ!」と思いました。自社の強みを活かしながら挑戦できるフィールドがここにある!と。
 
-代表を務められているMISO SOUPはどのような事業を行っているのですか?
 
 一次生産者さんが作った産品をブランド化し、消費者に直売したり小売チャネルに販売する「6次産業化」をトータルでプロデュースすることをメインに、事業者や農業生産法人の皆様と、事業立ち上げから運営までを一緒にやっていくビジネスを展開しています。
元々、30歳になったら地域の仕事をやろう!と決めていて、それまでは東京でイベントやEコマース、 SNSのマーケティングなど色々な仕事をして、30歳を機に、MISO SOUPを立ち上げました。当時、6次産業化をデジタルマーケティングの領域で支援している会社はほとんどなかったと思います。僕は、高知の田舎で育ったのですが、身近に四万十や馬路村などの先端成功事例がある一方、数多くの失敗事例が各地にありました。その違いはなんだろうか?と考えた時、多くの一次生産の現場には、経営、マーケティング、商品の伝え方といったようなビジネス感覚がないと思ったのです。それなら、その部分をMISO SOUPで担えないか、商品の販売計画、戦略を立てて、きちんとしたコスト計算をした上で運用する。ITの力を活用して、商品の魅力や価値を伝える、ということを行っていけば多くの生産者が成功できるかもしれない。という自分なりの答えにたどり着きました。
 
-30歳から地域の仕事をしたいと思うようになったきっかけは?
 
自分自身の経験が大きなきっかけになっています。
1999年から2006年にかけて平成の大合併の中で、私が住んでいた高知でも数々な市町村合併がありました。過疎、高齢化、限界集落といった言葉が全て当てはまる課題先進県でした。当時はあまりにも身近すぎて問題として認識しきれなかったのですが、高校1年の時、父に「高知に帰ってくるな。ここにい続けるよりも外へ出て行った方がいい」と言われたんです。父も息子を想って言ってくれた言葉とは理解しつつ、生まれ育った大好きな地域に対してそのように言われたことがその時はショックで堪りませんでした。
そこから「縮小していく地域社会をどう活性化していくのか」ということを真剣に考えるようになりました。
「自分の生まれ育った地域がなくなっていく悲しさ」や「ルーツがなくなるような寂しいさ」を体感し、こんな思いを自分の子供たちにさせたくない、と思ったのが地域の仕事をしたいと思ったきっかけです。そのために、まず東京で様々なことを学んで、30歳になったらそのノウハウを地域に還元していこうと考えていました。
 
-三豊市に対する想いは?
 
三豊市には、穏やかで優しい人柄に加えて熱い思いを持った方がたくさんいらっしゃる、というのが今の印象です。これは僕にとっても大きな原動力となっていますが、素晴らしい財産だと思います。これからの地域をどうしていけばいいか、僕が答えを出すというよりも皆さんと一緒に考えていくことが重要だと思っています。 
-瀬戸内うどんカンパニーではどのようなことを成し遂げたいですか?
大きな話ですが、地域の人々が子供に対して「この地域に帰ってこい」と言えるような、地域づくりを目指したいと思っています。そのためには、単に、今作られているものを流通させる、売るという部分的な解決だけではなく、どれだけ新たな産業や価値を創ることができるか、がキーだと思います。三豊市の皆様と一緒に、地域の存在価値を考え、次世代に残る「三豊の誇り」を作っていきたいですね。経験的にもまだまだ未熟ですが、今まで先輩方が築いてきた良いものを受け継ぎつつ、僕らの世代だからこそできる新しいことをやっていきたいと思っています。